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東京高等裁判所 平成10年(ネ)3281号 判決 1999年10月28日

浦和市<以下省略>

控訴人(原告)

右訴訟代理人弁護士

茨木茂ら五九名(別紙控訴人代理人目録記載のとおり)

東京都千代田区<以下省略>

被控訴人(被告)

大和證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

三好徹

吉田哲

根本雄一

渡辺昇一

藤川浩一

高梨敏

高久尚彦

岩本康一郎

石田央子

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金九六万六七六八円及びこれに対する平成二年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金一三六万二〇六四円及びこれに対する平成二年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、証券会社である被控訴人の担当者の勧誘によりワラントを購入した控訴人が、マイナスパリティーのワラントに関する右担当者の説明義務違反により、当該ワラントの購入額相当の損害を被ったとして、被控訴人に対し、不法行為による損害賠償として右購入額及び弁護士費用の合計一三六万二〇六四円及びこれに対する不法行為の後である平成二年六月二七日以降の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審裁判所は、被控訴人担当者の説明義務違反に関する控訴人の主張を排斥して控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として本件控訴を提起したものである。

二  請求原因及びこれに対する認否並びに被控訴人の主張は、次の三のように原判決について付加、訂正をし、四及び五のように当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要」の一から三まで(原判決二頁八行目から一二頁八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

三  原判決に対する付加、訂正

1  原判決七頁四行目の「ワラント取引の」を「ワラント取引については、その」に改める。

2  同八頁五行目の「に対し、」の次に「本件のマイナスパリティの」を加える。

四  当審における控訴人の主張

1  控訴人の投資経験、投資姿勢及び投資判断能力

(一) 控訴人は、昭和六三年二月から六月までの間に被控訴人の当時の担当者Bとの間で数回の証券取引を行っているが、その後一年三か月以上の間全く取引がなく、平成元年中も一回も取引はなく、平成二年の取引もほとんどは金貯蓄の取引のみであり、リスクの存在する取引は本件ワラントの取引のみである。

控訴人の証券投資に当たり一般的に夫の指示・助言があったわけではなく、本件ワラントの取引に際して、控訴人が夫の指示・助言を受けていた事実は存しない。控訴人と被控訴人との証券取引に夫が関与したのは、任天堂株の売却だけであった。また、控訴人の夫は、証券取引について十分な知識と経験を有していたわけではない。

(二) 控訴人側には自発的な投資意欲は余りなかったのであり、控訴人側からCに対し具体的な銘柄を挙げて買付を希望したことはなく、Cからの証券等の買付の勧誘に対しても控訴人は消極的であった。

(三) 以上の点から、控訴人は、証券取引には消極的であったことが窺われるのであり、取引回数や資金量からみても、証券取引についての判断能力を有していたとはいい難いものである。

2  ワラントに関する知識・経験

(一) 控訴人は、他社との間でワラント取引を行ったことはない。

(二) 控訴人が被控訴人との間で行った伊藤忠ワラントの取引については、控訴人は、昭和六三年二月一日にBから、売り買いが既に整っていて利益が出ているものと聞かされ、ワラントという名称もその仕組みやリスクも聞かないまま、同日その買付及び売付に応じたものである。

3  Cの説明義務違反

(一) 控訴人は、本件ワラントの買付に際し、Cから、本件商品がワラントというものであることも、その仕組みや危険性も全く説明を受けていない。

Cの証言では、同人は、三井物産ワラントという名称、値段、行使価格について説明し、三井物産株価が一〇〇〇円まで戻れば株は四~五パーセント程度の利益しか見込めないのに対してワラントなら一割程度の利益が期待できること、その分危険が大きいことを説明したとしているが、右証言は、客観的事実及びこれに基づく合理的な推認に反するものであり、信用し難い。

(二) 仮にCが右のような説明を行っていたとしても、その内容は、本件ワラント取引に際して課されるべき注意義務の程度と比較すれば、明らかに説明不足であるといわざるを得ない。

すなわち、ワラント取引を勧誘する際には、顧客の能力及び経験に照らし顧客が理解できるようにワラント取引に関する説明をすべき必要がある。控訴人はワラントについてほとんど全く知識を有しておらず、これを理解し投資判断を行う能力も十分ではないのであるから、控訴人に対しては、①ワラントの種々の要素(権利行使期間、権利行使価格、ポイント、パリティ、プレミアム等)、②権利行使期間を徒過すると価値がゼロとなること、③ワラント価格はポイントで表示されこれを円に換算し直すには一定の計算が必要であること、④ワラント価格はパリティ(理論価格)とプレミアム(理論価格と実際のワラント価格の差額)で構成され、パリティは株価と連動するがプレミアムは株価とは必ずしも連動しないこと、⑤そのためワラントは株の二、三倍から五倍の価格変動をするといわれているが、プレミアムのために一律にそうとはいえないこと、⑥本件ワラントはドル建てでありその価格は為替の変動の影響も受けること、⑦ワラントの価格は一部の新聞のみに指標となる価格だけがポイントの数値で掲載されていること等を具体的に分かりやすく、控訴人が理解できるように説明すべき必要がある。

しかるに、Cは、ワラント取引の仕組み及び危険性に関する控訴人の知識・判断能力の程度を全く確認することなく見誤り、必要な説明を行わなかった(権利行使期間を過ぎると価値がゼロになることすら説明していない)ものであり、その説明義務違反は明白である。

4  マイナスパリティについての説明義務の内容及びその違反

(一) マイナスパリティ・ワラントの危険性

(1) 実際のワラントの価格はパリティ(理論価格)とプレミアム(理論価格と実際のワラント価格の差額)で構成されている。

パリティの算出方法は、次のとおりであり、株価から権利行使価格を控除した数字がパリティ算出の基礎となっているので、実勢株価が権利行使価格を下回る場合には、この計算式による数値はマイナスとなり、本件ワラントも、控訴人の購入時にはマイナスパリティ(マイナス一三・九ポイント)の状態となっていた。

{(株価-行使価格)÷行使価格}×{固定為替レート÷実勢為替レート}×付与率×一〇〇(%)

プレミアムは、ワラント自体の現在及び将来の価値に対する市場の「思惑に基づく価格部分」であり、例えば現在は株価が低くパリティも低いが将来株価の上昇が期待できる場合には、それがプレミアムとなってワラントの価格をパリティを超えて引き上げる。このプレミアムの変動・決定要因には、相場のムード(上昇基調か、低迷状態か)、人気の程度、需給関係、時間価値(権利行使期間までの残存期間の長短)等がある。

(2) 右のとおり、パリティーは理論上算出されるワラントの価値、プレミアムは市場の思惑により作り出される価値であり、前者は現在の株価を前提にした当該ワラントの現在の価格、後者はその将来性に対する価格ということになる。

マイナスパリティの場合、パリティ部分はゼロ以下であるため、現実のワラントの価格はすべてプレミアムによって構成されており、現在の株価と比較すると当該ワラントの価値は全くなく、ただ将来の値上がりにのみ期待するという商品特性を有していることになる。

(3) このように、マイナスパリティは理論的にはゼロの価値しかなく、それが実際に値段を付けることができるのは、非常に大きなプレミアムが付されているからにほかならない。このプレミアムは、将来の株価及びワラント価格の上昇を見込んでの思惑による価値の部分であり、株価が思うように上昇せずに時間が経過すれば、急速に減少していくおそれがあり、株価が上昇したとしても、それが必ずしもワラント価格に反映せず、ワラントの価格が上がらないという危険もある。

通常、ワラント価格については多少なりとも株価による裏付けがあり、株価が上がればその数倍の割合で値段が上がるとみなされているのに対し、マイナスパリティ・ワラントの場合は、その価値は思惑によってしか裏付けられておらず、通常のワラント(パリティがプラスのワラント)より更に危険が大きく、その危険の大きさやリスクを回避できる可能性の見通しも非常に複雑かつ困難である。

(二) マイナスパリティ・ワラントについての特段の説明義務の存在及び内容

以上のとおり、本件ワラントを含むマイナスパリティ・ワラントは、ワラントについて通常いわれる危険性に加え、特殊な危険性を有している。しかも、一般の投資家は、ワラントという商品に関する知識さえほとんど有していないし、ましてや「マイナスパリティ」という概念を知っている投資家はほとんど皆無であり、当該ワラントのパリティがマイナスであるか否かを投資家が勧誘を受けた時点で自ら調査し知ることもほとんど不可能である。したがって、マイナスパリティワラントの勧誘の際には、ワラント取引に関し通常要求される説明に加え、更に少なくとも次のような説明を行わなければならないことは当然である。

① 当該ワラントがマイナスパリティであること及びマイナスパリティの意味

② マイナスパリティ・ワラントが通常のワラントに比べて特殊な危険性を有していること及びその危険の内容

③ 右にもかかわらずマイナスパリティである当該ワラントを勧める理由及びそのワラントが将来値上がりするとの見通しについての合理的な根拠

(三) 本件における説明義務違反

しかるに、本件においてCは、控訴人に対し本件ワラントがマイナスパリティであることすら告げておらず、行使価格については説明したとするものの、それ以外のパリティ、プレミアム、行使期限については説明をしておらず、本件ワラントの特殊な危険性やそれにもかかわらずこれを勧める理由について、全く言及していない。このような説明によって本件ワラントの重大な危険性を控訴人が認識することは全く不可能であり、その説明義務を尽くしていないことは明らかである。

控訴人にはパリティや変動率等を理解できるだけの知識はなかったものであり、Cは、控訴人がワラントについてどの程度理解しているかを確認した上でワラント取引に関する説明の要否を判断すべきであったにもかかわらず、控訴人がワラントについてどの程度理解しているかを全く把握せず、把握するための努力さえしないまま、必要な説明を怠ったものである。

5  説明書交付・確認書徴収の時期

本件ワラントの説明書・確認書がその買付のころに控訴人に送付された事実、控訴人がその日付ころに右確認書に署名押印した事実、本件ワラント買付の直後に被控訴人が控訴人から右確認書を受領した事実を裏付ける資料は、右確認書の記載上は何も存在しない。

このように、右確認書の日付の記載をもってその日付当時に控訴人が同書面に署名押印したとはいい難いものである。

6  控訴人の損害

(一) 本件ワラント取引直後に控訴人が被控訴人との金貯蓄口座を全部解約したのは、Cのやり方が余りに強引で、これから先どんなことをされるかもしれないと不安になったからであり、単に本件ワラントが値下がりしたことが原因ではない。

(二)(1) 平成二年六月二九日の時点では、控訴人は、Cから買わされた本件ワラントは社債だと思っており、社債ならばいつかは元金が償還になると思っていて、このような危険なものとは知りようもなかった。被控訴人の主張する説明書及び確認書が控訴人に送られてきたのは、翌年になってからのことである。

(2) 右の当時、Cは、控訴人に対し、本件ワラントの売却を勧めておらず、むしろ逆にそのまま保持することを勧めるとともに、「株価が値上がりしないと売れない」と述べていたのである。

(3) 被控訴人は、後記四3において、平成二年六月二九日の時点では控訴人は本件ワラントを売却できたのにこれをしなかったのだから、その後の値下がり損について被控訴人には責任がない旨主張するが、右のとおり、①右の当時、Cは、控訴人に対し本件ワラントの売却どころか保持を勧めていたものであり、②その当時本件ワラントは売却できなかった可能性が強く、被控訴人の右主張は二重の誤りの上に立った不当なものである。

五  当審における被控訴人の主張

1  本件ワラントにおける夫の関与について

(一) 本件ワラントの買付は、控訴人の夫であるD名義の取引口座で行われていたものであり、その購入資金も同人の計算で行われていたものであるから、控訴人の本訴請求は当事者適格を欠くものである。

(二) 控訴人は、被控訴人の夫D名義の取引について、控訴人の計算による場合とDの計算による場合とを意識的に区別していたものであり、控訴人が、本件ワラントの買付に際して、その買付代金が実質的にはDの計算に属する任天堂株の売却代金から支出されることを認識していたことは明らかである。

したがって、本件ワラントの買付代金の支出に際して、控訴人がDと相談し、同人の指示によりその買付がされていることは至極当然のことである。

2  本件ワラントに関する説明について

(一) 本件ワラントの権利行使期限は平成五年一月二二日であり、このことは、本件ワラント取引に基づき被控訴人から控訴人に郵送される「取引・応募報告書」(甲各一八第六号証)の銘柄名に「WR9301」と明記されているほか、本件ワラント取引に基づく受渡手続に際して被控訴人から控訴人に交付された本件ワラントの保護預り証にも「行使期限一九九三年一月二二日(以降無効)」と明記されている。

本件ワラントの権利行使価格は一一三五・一円と定められており、本件ワラント取引時(平成二年六月二一日)における三井物産の東証株価終値は九四五円であったこと等の結果、本件ワラントのパリティはその取引当時マイナスであった。

(二) 本件ワラント取引に際して被控訴人担当者であるCが控訴人に説明した内容は、次のとおりである。

① 本件ワラントの価格は一八ポイントから一六ポイントに下落しているところであり、三井物産の株価が一〇〇〇円台に戻れば利食えるチャンスがあることを説明した。

② 本件ワラントの権利行使価格が一一三五・一円であることは伝えたが、マイナスパリティであることは説明していない。ただし、三井物産の株価については、Cが平成二年五月ころから控訴人に買付を勧めていた以上、説明していたことは明らかであるから、マイナスパリティという言葉は聞いていないとしても、控訴人においても株価が権利行使価格を下回っていることを十分に理解できたことは明白である。

(三) ワラント取引における説明義務違反の有無は、パリティという数値の説明がされたか否かによって決せられるものではない。

(1) Cは、マイナスパリティという用語及びその数値を控訴人に示していないが、反面、パリティを計算するのに最も重要な要素となる権利行使価格と現在株価について告知の上、本件ワラントを売却して利益を出すためには株価が一〇〇〇円台に戻る必要があること(このことは、逆に言えば、株価が一〇〇〇円台に戻れば、株価が権利行使価格を上回らなくても利益を期待できる場合があること)を説明している。

(2) Cの右説明は、ワラントの実際価格がパリティのみによって決せられるものではないことを前提とする意味で適切なものである。すなわち、ワラント投資において指標となる数値としては、次の①ないし③が用いられている。

① ワラント・パリティ

行使価格に対して株価がどの程度高いか低いかを示した指標であり、株価から考えたワラントの理論価格といわれているもので、その計算方法は次のとおりである。

(株価-行使価格)÷行使価格×固定為替÷実勢為替×付与率×一〇〇

② ワラント・プレミアム

現在のワラント価格が将来の株価を期待してどの程度割高(割安)に買われているかを判断する指標とされているもので、その計算方法は次のとおりである。

(一株当たりの株コスト-株価)÷株価

※一株当たりの株コスト=一株当たりのワラント・コスト+行使価格

※一株当たりのワラント・コストの計算方法は次のとおり。

行使価格×ワラント価格÷一〇〇×一÷付与率×(実勢為替÷固定為替)

③ ギャリング・レシオ(レバレッジ・レシオ)

一定の収益を得る場合、ワラント投資が株式投資に比較して何倍の投資効率となるのかをみる指標とされているもので、その計算方法は次のとおりである。

株価÷一株当たりのワラント・コスト

(3) 右の①ないし③は、ワラント投資判断のための一つの指標にすぎず、これらによって実際のワラント価格の推移が予想できるものでないことは明らかであり、これらの指標を利用してワラント投資の判断をするというのは、それ自体が一つのワラント投資の戦略にすぎないものである。このことは、株式における投資戦略と比較しても次のとおり明白である。

(ア) 株式投資の場合、株式という商品の内容は、今日ではほとんどの投資家が理解しており、改めて説明する必要がないが、その投資戦略を理論的に説明できる投資家は少ない。

(イ) 株式投資の指標として用いられる数値に関しては、相場全体の状況を把握するためのものや個別銘柄を分析するためのものとして各種の指標があるが、これらは株式投資の投資戦略を考えるための道具であり、これらの投資指標を知らずに投資判断をしている投資家は多い。

(ウ) 証券投資においては種々の投資指標が利用されており、その内容は複雑難解なものも多いが、これらはいずれも投資戦略を考えるための道具であるから、商品内容を理解するためだけであれば必ずしも必要なものではない。しかも、これらの投資指標を利用した投資判断が、それを利用しないでされた投資判断より常に効果的に投資目的(転売利益の取得)を達成できるとは限らないことは経験則上明らかである。

(エ) 以上のとおり、投資指標は投資判断をする際に必ずしも必要ではなく、株式投資において、前記の投資指標を利用して投資判断をするのではなく、当該株式の発行企業の業績や材料(株価変動要因)の内容、人気の有無などによって投資判断することも可能である。

(四) 本件の場合、三井物産の株式投資に関する情報については、平成二年五月ころから継続的に、Cにおいて控訴人に対してその投資を勧めていたことから、十分な説明がされており、かかる状況において、控訴人からワラントが引き合いに出されたことにより本件ワラント取引の勧誘がされたことにかんがみると、本件ワラント取引に関する投資判断資料の提供としては、Cの前記説明により十分尽くされていることは明白である。控訴人もワラント取引を理解していたからこそ、被控訴人への預け入れ資産総額に比して一割にも満たないワラントの最低取引単位相当額の投資にとどめたものである。

3  控訴人の損害について

(一) 控訴人が本件ワラント取引後、本件ワラントを売却することなく権利行使期限を徒過したことにより、買付価格である一二三万八二四〇円全額と同額の損害が発生したことは事実であるが、仮にCの本件ワラント取引時の説明が十分でないとしても(その結果、被控訴人に損害賠償義務が認められるとしても)、賠償義務の範囲は次の範囲に限定されるものである。

(二) 控訴人は、本件ワラント取引後である平成二年六月二九日までには、本件ワラント以外の被控訴人において預かり中のすべての商品を引き出している。そして、その動機は次のとおりと推察される。

(ア) 本件ワラント取引日から右六月二九日までの間の本件ワラントの価格及び三井物産の株価は、いずれも値上がりすることなく下落を続けた状況であり、控訴人はこのことに強い不満を抱いていた。

(イ) 控訴人は、株価については、従前の株式投資の経験からその推移を自ら容易に認識することが可能であったことは明白であり、ワラント価格についても、Cに質問をしていることからその推移を認識していたことは明白である。

(ウ) また、この間に、被控訴人から控訴人の自宅に、ワラントに関する説明書及び確認書が送付されており、それを読んだ控訴人においてワラントの危険性についても再認識したはずである。

(三) したがって、控訴人は、右平成二年六月二九日には、本件ワラントを売却せずに値上がりを待つか、売却するかを自ら決定することが可能な状況にあったことは明白であり、売却しなかったのは、自らの自由意思で保有継続を決定したものにほかならず、右決定後の損害について控訴人自らがその責任を負担すべきは当然のことである。

以上の結果、仮に被控訴人に責任の一端があるとしても、買付時の買付単価である一六ポイントと右平成二年六月二九日の売付可能単価である一一・六八ポイントとの差額相当額である金三三万四三二五円(買付総額金一二三万八二四〇円×(一-一一・六八÷一六))を基準として、控訴人側の過失の相殺を考慮して算定した金額が相当である。

第三当裁判所の判断

一  控訴人の経歴及び本件ワラント取引に至る経緯等について

証拠(甲各一八第六号証、乙ロ一八第六号証、控訴人本人尋問の結果)によれば、次の1から4までの事実が認められる。

1  控訴人(昭和○年○月生まれ)は、昭和二七年に山梨県内の高校を卒業し、地元の農協に約三年間勤務した後、上京して約五年間a社に事務員として勤務した。控訴人は、昭和三六年に、新聞社の内勤の仕事をしていたD(昭和○年○月生まれ)と結婚し、しばらくは専業主婦をしていたが、昭和五六年ころから近所のスーパーストアで伝票整理等のパートの仕事を始め、昭和六三年ころからは近所のおにぎり屋で製造のパートの仕事をしていた。平成八年ころからは体調を崩し、現在は無職である。

控訴人の夫Dは、昭和六二年八月ころb社を退職した後、約二年間、倉庫会社で荷物の仕分の仕事をしたが、その後は年金で生活している。

2  控訴人は、昭和五六年ころから平成三年ころまで野村證券と証券取引をしていた。そのきっかけは、控訴人がパート勤務をしていたスーパーストアに野村證券大宮支店の外務員が出入りしており、勧誘されて夫Dと相談の上、始めたものである。野村證券との取引口座は夫名義であり、最初は夫と相談しながらやっていたが、昭和六〇年ころからは夫から任される形で、外務員の勧めを受けながら自ら取引を行うようになり、外務員の勧誘により、投資信託のほか、日本航空株や山之内製薬株などの現物株の取引、その他信用取引も行っていた。控訴人自身も、短波放送やテレビで株の値動きや証券取引の知識なども仕入れていた。

3  控訴人は、昭和六三年二月一日、被控訴人赤羽支店(担当者B)と取引を開始し、同日Bの勧誘により伊藤忠ワラントを買い付け、同日売り付けたことにより、差引二三万八八八五円の利益を得た。これは、Bから、野村證券との間の任天堂株の取引で生じた損失の一部を、既に利益の確定している右ワラントの即時売買により埋める代わりに、右任天堂株を被控訴人赤羽支店に移すことを求められ、控訴人がこれに応じたもので、右ワラントについては既に利益が確定していたことから、ワラントの構成・仕組みやリスク等についてBから別段説明は受けなかった。その後、控訴人は、被控訴人との間で本件ワラントを購入するまでに何回か株式取引を行っているが、被控訴人以外の他社との間でワラント取引をしたことはなかった。

4  控訴人の夫Dは、新聞社勤務の経験から株については相応の知識があり、退職前から野村證券大宮支店との間で若干の株取引を行っていたが、控訴人の取引先が野村證券赤羽支店に変わった昭和六〇年ころからは、D名義のまま取引は概ね控訴人に任せて、控訴人が外務員の勧めを受けながら自ら取引を行うようになっていた。平成元年ころDが開始した信用取引や、平成二年三月の任天堂株の売却については、Dの指示に基づくものであったが、それ以外の株取引、投資信託や伊藤忠ワラントの買付等については、控訴人が外務員の勧めにより自ら取引を行っていたものであり、D名義の取引口座の管理は実質的には控訴人によって行われていた。

二  本件ワラント取引の事実関係について

証拠(甲第五ないし第七号証、第一一号証の1ないし12、28ないし31、41、47ないし51及び66、第一二号証の15、甲各一八第一ないし第六号証、乙ロ第一ないし第六号証、証人Cの証言及び控訴人本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の1から4までの事実を認めることができる(甲各一八第六号証、乙ロ第五号証、証人Cの証言及び控訴人本人の供述中右認定に反する部分は採用することができない。)。

1  被控訴人会社の外務員であるCは、昭和六〇年四月に同社に入社し、平成元年一月に同社赤羽支店営業課に配属されて同年四月に主任となり、前任の担当者であるBから控訴人を含む顧客を引き継いだ。Cは、その際に控訴人についてBから、口座名義は夫名義であるが連絡はすべて控訴人宛にすること、控訴人は他に証券会社で買い付けた任天堂の株式一〇〇〇株を同支店に本券入庫していること、その他投資信託関係でも一〇〇〇万円程度の預かりがあることの引継ぎを受けた。

Cは、控訴人は資産家であり、任天堂の株式も保有していることから、うまくいけば被控訴人会社の得意先になる可能性もあると考え、引継ぎの直後から機会あるごとに控訴人に積極的に電話をし、株式を中心とする取引を勧誘したが、その都度考えておくという返事にとどまり、取引に至らないことが続いた。その間、控訴人は、平成元年一〇月に昭和産業の株式を売却し、平成二年三月には任天堂の株式を売却している。

2  右任天堂の株式の売却後に右株価が上昇したこともあり、Cは、平成二年六月ころ、株価が一二〇〇円位から一〇〇〇円を下回る額まで下がっていた三井物産の株式について、控訴人に対し、今買えば利益が得られるとして買付を勧めたが、控訴人は、従来どおり考えておくという返事にとどまった。そこで、Cは、同月二一日、電話で、控訴人に対して三井物産のワラントの買付を強く勧誘し、本件ワラントについて、①三井物産の株価との比較で、株価が一〇〇〇円まで戻れば、株であれば四、五パーセント程度の利益しか見込めないのに対して、ワラントであれば一割程度の利益が期待できること、②買付に当たっては、顧客の側で、ワラント取引に関する説明書の内容を確認した旨の確認書を提出する必要があることを控訴人に説明したが、ワラントの仕組みや内容等についてそれ以上の説明はしなかった。控訴人は、以前にも同支店の前任者であるBの勧誘により伊藤忠ワラントを買い付けて利益を出したことがあり、Cから右①のように強い勧誘を受けたことから、右電話の勧誘に応じて本件ワラントの買付を承諾した。そこで、Cは、同日直ちに本件ワラントの買付を行うとともに、右買付後に同支店管理課に対してワラント取引の説明書と確認書用紙を控訴人に郵送するよう指示した。その後、控訴人はその郵送された確認書用紙に夫の氏名を書いて押印し、同支店宛て返送した。本件ワラントの購入代金については、買付の翌日、Cの指示に基づき、控訴人は、被控訴人との間の金貯蓄口座から代金一二三万八二四〇円を引き出してその支払に充てた。

3  ワラントの理論価格であるパリティは、株価と権利行使価格の差額を基礎として算定されるが、本件ワラントの買付時(平成二年六月二一日当時)における三井物産の株価(九四五円)は、本件ワラントの権利行使価格(一一三五・一円)を下回っており、本件ワラントはマイナスパリティのワラントであった。一般に、ワラント価格の変動率は株価の変動率を上回るため、ワラント自体がハイリスク・ハイリターンの商品であるといわれるが、特にマイナスパリティのワラントの場合には、ワラント自体の現在価値は存在せず、その価値は、専ら株価上昇への期待度や権利行使期間のタイムバリュー等を内容とするプレミアムのみに依拠していることから、株価が期待どおりに上昇しない場合に顧客が被る損害は、通常のワラントと比べて更に一層大きく、株価が上昇しないまま権利行使期間を徒過することにより購入資金全額を失う危険性(ワラントが「紙くず化」するリスク)も、通常のワラントと比べて更に一層高いものということができる。

4  本件ワラントも、控訴人の買付の翌日から値下がりをし、三井物産の株価が一時の例外を除いて下落を続けた(同月二九日には八九九円)ために、更に値下がりを続けた(同日には一一・六八ポイント)。控訴人は、Cの勧誘の仕方と予想に反した値下がりに不信感を抱き、同月二六日、二九日に、金貯蓄口座からそれぞれ三二〇万五八六二円、一五九九万三四〇九円の合計全額を引き出し、Cにワラントの値動きを問い合わせたところ、同人からは、株価が一〇〇〇円になれば利食えるチャンスがあるが、そこまでいかないと損になるので、それまでは売らない方がよいとの説明を受けたため、本件ワラントを売却することなく値動きを見守り続けたが、その後も株価及びワラント価格の下落が続き、平成四年に入ると株価が七〇〇円を割り、ワラント価格も〇・一ポイント程度まで下落して回復の見込みがなくなったため、同年一二月二二日に本件損害賠償請求訴訟を提起した。その後、本件ワラントの権利行使期限(平成五年一月二二日)の経過により、その購入代金一二三万八二四〇円全額の損害が確定するに至った。

三  説明義務違反の有無について

1  以上のとおり、ワラント一般に関して、ワラント価格の変動率は株価の変動率を上回るため、株価の上昇による利益が株式より大きい反面、その下落による損害のリスクも株式より大きい商品である以上、証券会社の担当者が一般投資家の顧客にこれを勧めるに際しては、顧客が当該商品のリスクを的確に理解し得るように、顧客の知識・経験等に応じて、当該商品の仕組み、内容及び危険性について顧客に十分な説明を行い、必要な情報を提供すべき信義則上の義務があり、具体的には、権利行使価格と株価との関係、将来の株価の動向によるワラント価格の変動の仕組みとリスクの内容、権利行使期間との関係等について、当該銘柄の個性に即して個別具体的に説明すべき義務があるものと解するのが相当である。そして、前記二3のとおり、特にマイナスパリティのワラントの場合には、ワラント自体の現在価値は存在せず、その価値が専ら株価上昇への期待度等に依拠していることから、株価が期待どおりに上昇しない場合に顧客が投資資金全額を失う危険性(ワラントが「紙くず化」するリスク)が通常のワラントと比べて更に一層高いのであるから、証券会社の担当者が一般投資家の顧客にこれを勧めるに際しては、当該マイナスパリティ・ワラントの仕組み、内容及び危険性について顧客に十分な説明を行い、必要な情報を提供すべき信義則上の義務があり、具体的には、権利行使価格と権利行使期間の意義及び数値を明示した上で、勧誘時点の株価が権利行使価格との関係でマイナスである事実及びそれに伴う価格変動の仕組みとリスクの内容、将来株価が上昇すると予想する根拠と確度、将来株価が下降した場合及び株価が上昇しないまま権利行使期間を経過した場合に顧客が被る損害の内容等について、当該銘柄の個性に即して個別具体的に説明すべき義務があるものと解するのが相当である。

しかるに、前記認定のとおり、被控訴人会社の担当者であるCは、本件ワラントについて、①三井物産の株価との比較で、株価が一〇〇〇円まで戻れば、株であれば四、五パーセント程度の利益しか見込めないのに対して、ワラントであれば一割程度の利益が期待できること、②買付に当たっては、顧客の側で説明書の内容を確認した旨の確認書を提出する必要があることを電話で控訴人に説明したが、本件ワラントの内容等についてそれ以上の説明はしなかったものであり、当該マイナスパリティ・ワラントの仕組み、内容及び危険性について十分な説明がされたとはいえず、その対応は前記の説明義務に違反するものであったといわざるを得ない。

2  被控訴人は、Cに説明義務違反はないとして、様々に主張するので、検討する。

(一) 被控訴人は、当審において、Cはマイナスパリティであることは説明していないが、本件ワラントの権利行使価格が一一三五・一円であることは伝えており、以前から三井物産の株式の買付を控訴人に勧めていた以上、控訴人において株価が権利行使価格を下回っていることを理解できたはずである旨主張し、証人Cの証言中には右主張に沿う部分が存するが、同人は、右証言に先立って提出された乙ロ一八第五号証の陳述書の中で、前記①及び②以上の説明はしていない旨を自ら明確に記述しており、右陳述書の提出後に提出された控訴人のマイナスパリティ・ワラントに関する主張を踏まえて右証言がされている原審の訴訟経過等に照らすと、右証言はにわかに採用し難く、被控訴人の右主張を採用することはできないものというべきである。

(二) 被控訴人は、当審において、本件ワラントの権利行使期限が平成五年一月二二日であることは、本件ワラント取引に基づいて被控訴人から控訴人に郵送された「取引・応募報告書」(甲各一八第六号証に添付)に「WR9301」と記載されていることや、被控訴人から控訴人に交付された本件ワラントの保護預り証に「行使期限一九九三年一月二二日(以降無効)」と明記されていることにより認識し得た旨主張する。

しかしながら、①一般投資家の顧客にとっては、ワラントの仕組み等について何らの説明もなく「WR9301」との記載を示されても、それによって権利行使期限の意義及び内容を認識し得るものとはいえないこと、②乙ロ一八第七号証の2によれば、被控訴人の発行した同種ワラントの保護預り証に「権利行使最終日 04年03月18日」との記載があることは認められるが、控訴人の受領した保護預り証に具体的にどのような記載がされていたかは証拠上明らかではなく、また、ワラントの仕組み等について何らの説明もなく同種の保護預り証を示されても、それによって直ちに権利行使期限の意義等を認識することは困難であること、③弁論の全趣旨によれば、右主張に係る各書面は、本件ワラントの買付後に控訴人に郵送又は交付されたものと認められ、右買付の応諾に際して各書面の記載が参照されたものではないこと等に照らすと、これらの各書面の記載をもって権利行使期間に関するCの説明が補完されたものとは到底いい難いものというべきである。

(三) 控訴人に郵送された説明書も、被控訴人においてその内容が明らかにされておらず(乙ロ一八第四号証によれば、控訴人にどのヴァージョンを郵送したか特定できないとの理由で、証拠として提出されていない。)、弁論の全趣旨によれば、ワラント一般についての説明を超えてマイナスパリティ・ワラントの性質・危険性等についてまで言及したものではないと認められるのみならず、前記二2のとおり、右説明書は本件ワラントの買付後に控訴人の自宅に郵送されただけで、買付の時点で控訴人に示して説明がされたものではないと認められる以上、いずれにしても、説明義務違反に関する前記の認定を左右するに足りるものではない。

右説明書及び確認書の送付時期について、Cの陳述書(乙ロ一八第五号証)には本件ワラント買付日の二、三日前に説明書を郵送し、買付後の電話で確認書を郵送する旨述べたとの記述がある一方で、同人の証言では、平成二年五月ころにワラントの話を始めてすぐに説明書と確認書を同時に送付した旨述べるなど、両者の間には齟齬が多数見られ、前記1の事情に照らしても、これらの証言等をにわかに採用することはできない。前記二2のとおり、本件ワラントの買付は平成二年六月二一日のCの電話による強い勧誘に控訴人が応諾したことにより成立したものと認められ、右説明書と確認書は同時に郵送されたものと認められる以上、事前の説明書の受領を一貫して否定する控訴人本人の供述に照らしても、買付後に確認書を郵送した旨の右Cの陳述書の記述からも窺われるとおり、右説明書及び確認書は、右同日の買付後にCの指示により控訴人に郵送されたものと認めるのが相当であると解される。乙ロ一八第二号証の確認書の日付及び受領日の欄には、ゴム印による「2・6・21」との押捺があるが、右の記載は、文書管理の事務処理上、被控訴人の側で右買付の日付をゴム印で押捺する処理がされたものと推認されるところであり、右の認定を左右するに足りるものではない(なお、右の記載に照らし、各書類の送付時期を平成三年三月とする控訴人本人の供述が採用し難いことは、原判決の説示するとおりである。)。なお、証人Cは、本件ワラント取引の当時、控訴人が以前に伊藤忠ワラントの買付をしたことを知っていた旨証言するとともに、控訴人はワラントについて相応の知識があると考えて詳しい説明をしなかった旨述べていることからも、本件ワラントの買付に当たってCは説明書を事前に送付しなかったとの右認定を肯認することができるものと解される。

(四) 被控訴人は、当審において、株式投資との比較を踏まえて、ワラント取引における説明義務違反の有無は、パリティ等の指標や数値の説明がされたか否かによって決せられるものではなく、本件におけるCの説明は投資判断資料の提供として十分であった旨主張する。

しかしながら、ワラント価格の基礎となるパリティやプレミアム等の指標の具体的な計算方法等についての詳細な説明の要否については議論があり得るとしても、本件ワラントのようなマイナスパリティ・ワラントに関しては、顧客が当該商品の特性と危険性を十分に理解することが可能となる程度に、当該ワラントの仕組みや内容等について説明することが必要であると解されるところ、前記二2認定のCの説明内容からは、ワラント一般のリスクの内容はもとより、マイナスパリティ・ワラント特有のリスク(本件ワラントがマイナスパリティ・ワラントであり、一般のワラントより更に一層リスクの大きいものであること及び右リスクの内容)を顧客が認識し得るものとは到底いえず、右説明は投資判断資料の提供として十分なものとはいえないというべきである。被控訴人は株式投資との比較に言及するが、株式よりはるかに複雑な構成・仕組みとそれゆえにより大きなリスクを有するワラントに関しては、その説明の内容につき株式と同列に論ずることは適当ではなく、被控訴人の右主張は、理由がない。

(五) 証人Cは、その証言の中で、控訴人から被控訴人以外の他社との間でワラント取引の経験がある旨告げられ、ワラント商品を求められたと述べ、同人の陳述書(乙ロ一八第五号証)中には同様の記載が存するが、控訴人が被控訴人以外の他社との間でワラント取引をした事実を認めるに足りる証拠はなく、控訴人本人の供述及び陳述書(甲各一八第六号証)並びに弁論の全趣旨に照らしても、右証言及び陳述書の記載を採用することはできない。前記一及び二1のとおり、控訴人は株式、金貯蓄等の証券取引の経験があり、Cの前任者であるBの勧めにより伊藤忠ワラントを買い付けて利益を得た事実は認められるが、他方で、乙ロ一八第六号証及び弁論の全趣旨によれば、右ワラントはマイナスパリティではなかったものと認められ、また、前記一3のとおり、右ワラントの取引は、野村證券との間で信用買いした任天堂株の損失の一部を、利益の確定している右ワラントの買付と売却を即時に行うことにより埋める代わりに、右任天堂株を野村證券から被控訴人に移すという取引全体の経緯の中で行われたものであり、当初から即時売買による利益が確定していたことから、控訴人はBからワラントの構成・仕組みやリスク等についての具体的な説明までは受けていなかったものと認められる。したがって、控訴人の従前の投資経験等を考慮してもなお、前記二2認定のCの説明内容からは、一般の個人投資家である控訴人において本件のマイナスパリティ・ワラントの仕組み・内容やリスク等を認識し得たものとはいえず、控訴人のワラントに関する知識・理解度等を確認することなくそれ以上の説明を怠ったCの対応は、顧客に対する説明義務違反の評価を免れるものではないというべきである。

(六) また、被控訴人は、当審において、控訴人の夫の指示について言及しているところ、控訴人の夫であるDについては、前記一4のとおり、新聞社勤務の経験から株について相応の知識があり、退職の前後を通じて証券取引の経験があった事実は認められるが、①D自身について、ワラントについて特別な知識・経験を有していたことを認めるに足りる証拠はないのみならず、②前記一4及び二1のとおり、控訴人は、取引先が野村證券赤羽支店に変わった昭和六〇年ころからは、夫名義のまま夫から概ね取引を任されて、外務員の勧めを受けながら自ら証券取引を行うようになっており、伊藤忠ワラントの買付等についても同様であったこと、③前記二2のとおり、本件ワラントの買付も、Cの電話による強い勧誘に控訴人自ら応諾したものであり、右の買付が夫の指示・助言に基づくものとは認められないこと等を総合すると、控訴人が一部の証券取引について時折夫の指示・助言を受けていた事実を考慮してもなお、前記二2認定のCの説明内容からは、控訴人において本件のマイナスパリティ・ワラントの仕組み・内容やリスク等を認識し得たものとはいえず、顧客に対する説明義務違反に関する前記の認定を左右するに足りるものではないというべきである。

四  損害について

前記二3のとおり、控訴人は、本件ワラント取引の結果として、その購入代金一二三万八二四〇円の全額を回収することができなくなり、右相当額の損害を被ったものということができる。

1  被控訴人は、原審及び当審において、本件ワラントの買付は、控訴人の夫であるD名義の取引口座で行われていたものであり、その購入資金もDの計算で行われていたものであるから、控訴人の本訴請求は当事者適格を欠く旨主張しており、その趣旨は、右購入資金に係る損害の帰属主体は控訴人ではなくその夫であるから、控訴人は右損害について賠償請求権を有するものではない旨を述べるものと解される。

しかしながら、前記一及び二の認定のとおり、①控訴人は、取引先が野村證券赤羽支店に変わった昭和六〇年ころからは、夫名義のまま夫から概ね取引を任されて、外務員の勧めを受けながら自ら証券取引を行うようになっており、伊藤忠ワラント及び本件ワラントの買付等についても同様であったこと、②被控訴人会社においても、口座名義は夫だが、実際の取引関係の連絡はすべて控訴人に対して行われており、取引口座の実質的な管理は控訴人が行っていたこと、③昭和六二年八月に退職した控訴人の夫は、約二年間の倉庫会社での仕事を終えた後は年金生活を送っていたのに対し、控訴人は昭和五六年から平成八年ころに至るまでパートの仕事を続けており、本件ワラント取引当時に給与収入があったのは控訴人の方であったこと等の諸事情に照らすと、本件ワラントの購入代金は、右取引当時に控訴人の管理下にあった金銭をもって出捐されたものと認めるのが相当であり、ワラント価格の下落等により右購入資金の全額を失ったことは、控訴人の損害と評価することができるものというべきである。

したがって、この点に関する被控訴人の右主張は、理由がない。

2  また、被控訴人は、当審において、控訴人が本件ワラント以外の預かり商品をすべて引き出した平成二年六月二九日の時点では、本件ワラントを売却するか値上がりを待つかを自ら決定することが可能な状況にあり、それ以降は自らの自由意思で保有継続を決定したのであるから、同日以降のワラント価格の下落による損害については控訴人自らが責任を負担すべきである旨主張する。

しかしながら、前記二3のとおり、控訴人は、Cの勧誘の仕方と予想に反したワラント価格の値下がりに不信感を抱き、平成二年六月二九日までに被控訴人の口座から金貯蓄全額を引き出した上で、Cにワラントの値動きを問い合わせたが、同人からは、株価が一〇〇〇円になれば利食えるチャンスがあるが、そこまでいかないと損になるので、それまでは売らない方がよいとの説明を受けたため、本件ワラントを売却することなく値動きを見守り続けたが、その後もワラント価格の下落が続いたというのであり、かかる本件の経緯に加えて、買付後の急激な値下がりにより本件のマイナスパリティ・ワラントの売却は実際には困難であったものと推認されることを併せ考えると、平成二年六月二九日以降のワラント価格の下落による損害についても、被控訴人側の説明義務違反の不法行為と相当因果関係にある損害として被控訴人が負担すべきものと解するのが相当である。

控訴人が被控訴人の口座から金貯蓄全額を引き出したのは、前記二3のとおり、単にワラント価格が値下がりしたという事実のみならず、ワラントのリスク等についての十分な説明をせずに強く勧誘して買付を急ぎながらその翌日から値下がりを始めるなどのCの勧誘の仕方等に控訴人が不信感を抱いたことに由来するものと認められ、その際の控訴人の問い合わせに対するCの説明内容等に照らしても、平成二年六月二九日の時点において、控訴人が本件ワラントの取扱いについて十分な投資判断を行い得るだけの情報の提供や認識を得ていたものと認めることはできないというべきである。

五  被控訴人の責任及び過失相殺

1  前示のとおり、本件は、マイナスパリティ・ワラントの仕組み・内容やリスク等についての被控訴人担当者の説明義務違反により控訴人に損害を与えたものであるところ、被控訴人の被用者であるCは、被控訴人の証券会社としての事業の執行につき、右説明義務違反の過失により顧客である控訴人に損害を与えたものと認められる以上、被控訴人は、民法七一五条の使用者責任に基づく不法行為責任を負うものというべきである。

2  そして、本件における被控訴人担当者の説明義務違反は、ハイリスク商品といわれるワラントの中でも特にリスクの大きいマイナスパリティ・ワラントについて、基本的な事項の説明を怠ったものであり、その違法性は高いものといわざるを得ない。

他方で、控訴人の側にも、株取引等の証券取引については相応の経験があり、利益が確定していたとはいえ以前にもワラント買付の経験があったことを考慮すると、ワラントの仕組み・内容やリスク等について担当者に具体的な説明を求め、自らも情報を収集するなどして、本件ワラントのリスクを正確に把握し、その買付及び買付後の保持の適否についてより慎重な判断を行うことにより、損害の発生及び拡大を回避するための十分な注意を払ったとはいえない面があることは否定することができない。

以上の諸点を総合すると、控訴人の側にも、本件ワラントの購入代金相当の損害の発生について、三割程度の過失があったものと認めるのが相当と解される。

3  そこで、前記一二三万八二四〇円の損害額から、右三割の過失割合を控除すると、八六万六七六八円となる。

六  弁護士費用

右五3の控訴人の請求認容額、本件訴訟の内容・経緯、その他本件に顕れた一切の諸事情を考慮すると、右不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、一〇万円をもって相当と認める。

第四結論

以上の次第で、控訴人の請求は第三の五3及び六の合計額九六万六七六八円及びこれに対する不法行為の後であることの明らかな平成二年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、控訴人の請求を棄却した原判決を取り消した上、控訴人の請求を右の限度で認容し、控訴人のその余の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 橋本昌純 裁判官 岩井伸晃)

控訴人代理人目録

一、控訴人訴訟代理人弁護士の氏名

1 田中清治 2 飯田秀人 3 茨木茂 4 宇都宮健児 5 岡崎敬 6 勝山勝弘 7 川人博 8 小寺貴夫 9 小林政秀 10 近藤博徳 11 犀川季久 12 犀川千代子 13 齋藤雅弘 14 末吉宜子 15 芹澤眞澄 16 千葉肇 17 遠山秀典 18 永井義人 19 松岡靖光 20 村上徹 21 森田太三 22 横山哲夫 23 米川長平 24 安藤朝規 25 瀬戸和宏 26 澤藤統一郎 27 松澤宣泰 28 宗万秀和 29 安彦和子 30 上柳敏郎 31 小薗江博之 32 浅野晋 33 新井嘉昭 34 荒木和彦 35 井口多喜男 36 今村核 37 今村征司 38 宇都宮正治 39 小野聡 40 加瀬洋一 41 紀藤正樹 42 坂入高雄 43 榮枝明典 44 櫻井健夫 45 鈴木理子 46 田岡浩之 47 竹内淳 48 長野源信 49 萩原秀幸 50 南典男 51 村越仁一 52 森高彦 53 山岸洋 54 山口廣 55 山上芳和 56 石井恒 57 渡辺博 58 木村裕二 59 谷合周三

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